五代 今西 信裕|歴史|株式会社 今与|Imayo & Co., Ltd.|1861 KYOTO

組織を活性・安定化。高度経済成長の波にのり大きく飛躍。

五代信裕は、四代信一の長男として1940年(昭和15年)に生まれました。翌年には太平洋戦争が勃発し、戦中〜戦後に幼年期を過ごします。そして高度経済成長の活気あふれる時代に青年期を迎えた信裕は、四代が築いた大卸の基盤に加えて、ダイヤモンドやエメラルドの海外からの直接仕入れを本格化し、「商売の職人」として今与の業績を伸ばします。

信裕は大学を卒業後、一旦自動車メーカーに勤務し、その後家業に参加しました。四代のもとで法人化を図り、現在の会社組織「株式会社今與」を設立します。東京にも事務所(現:営業所)を開設して、東京の拠点を再興しました。

1981年には四代の後を受けて、五代社長に就任。その後、京都御所にほど近い京都市中京区烏丸竹屋町に本社ビルを竣工し、鳴滝より拠点を移します。会社の顔となるロゴ、シンボルマークの策定やCIの一環として「MIND  JEWELRY」を発表するなど、今与ブランドの確立に努めました。ダイヤモンドの他にカラーストーンも数多く取り扱い、目を通した宝石の数・種類は業界でも指折りと思われます。「五代コレクション」は展示会でもお客様の目を引く、価値あるものとして、お取引先様からも好評を博しています。

21世紀に入ると、デビアスグループのミレニアム企画への参加を皮切りに、同グループの様々な企画への参加で販路拡大を図りました。長男・信隆入社後は、商いを委譲しつつ、社団法人日本ジュエリー協会会長や商工会議所議員などに就任。社会貢献にも尽力し、留まることなく活躍し続けています。

そして2011年、長男・信隆が六代社長となり、今与の新時代の幕が開きました。連綿と受け継がれて来た歴史を継承しながら、ますます新たなチャレンジをしてまいります。