二代 今西 與兵衛|歴史|株式会社 今与|Imayo & Co., Ltd.|1861 KYOTO

1861年(文久元年)、京都の五条堺町にて創業。

二代與兵衛となる育三郎は、1867年(慶応2年)に誕生しました。まさに明治維新前夜のことです。育三郎が長ずるに従い、第1回京都博覧会の開催や、日本で最初の女学校として新英学校女紅場が設立されるなど、京都でも近代化が進んでいきました。

育三郎もまた、奉公中にその働きぶりを主人・初代與兵衛に認められ、長女・すみの婿となって、二代與兵衛の名とともに商いを受け継ぎます。二代にわたる商いに長けた婿取りで、商売は安定。急速に進む西洋化や海外の品物の流通に合わせ、二代與兵衛は新たに中国からの翡翠なども取り扱い始めます。和装洋装にとらわれない美しい装飾品や、時代の流れに乗った新しい品物をどんどん取り入れ、「おもしろのはな」を咲かせたのです。

1904年(明治37年)には、16才の長男・儀三郎が若き三代として商いに加わり、祖父・父の商いぶりをつぶさに学び取り、頼もしい跡取りに成長していきます。当時としては長寿を保った初代は依然壮健で、二代與兵衛を中心とした親子三代が力を合わせ、今与の商いを拡大しました。

晩年の二代與兵衛は京都・鳴滝の地に別邸を設け、三代を見守りつつ、豊かな自然の中で静かな時間を楽しみました。