初代 今西 與兵衛|歴史|株式会社 今与|Imayo & Co., Ltd.|1861 KYOTO

1861年(文久元年)、京都の五条堺町にて創業。

初代與兵衛(よへい)は1835年(天保6年)に生まれました。同じ時代、坂本龍馬をはじめとする幕末の英雄達も前後して誕生しています。江戸時代末期に幼〜青年期を過ごし、32才の時に明治維新を迎えました。幕末から明治にかけての動乱の京都で、初代與兵衛は変わりゆく時代に流されることなく、今与の確固たる基礎を築いていきます。

京都の東寺界隈で17代続く小間物商の大店「藤屋」に奉公していた與兵衛は、その働きぶりから藤屋の番頭となります。やがて主人・清兵衛の娘・きぬの婿としてのれんを譲り受け、1861年(文久元年)、26才で五条堺町に小間物の卸問屋を構えたのです。

当時の五条堺町は京の繁華街にほど近い問屋街で、目の肥えたお客様が方々から仕入れに集う場所でした。初代與兵衛の店でも和装の女性を美しく飾る櫛やかんざし、帯留め、鹿の子の他、たくさんの小間物を取り揃え、珊瑚や鼈甲などの高価な品や希少な品も商っていました。普段は卸売り中心の商いでしたが年に一度、師走の棚卸後に店の前に品物を広げ、一般のお客様にお売りすることもあったようです。華やかな品々は、道行く人々の目を楽しませていたことでしょう。

また、当時の多くの商家で使われていた「符丁」と呼ばれる店内での数字の暗号に、初代與兵衛は「おもしろのはなざかり」という言葉を選び、「0〜9」の数字をそれぞれの文字に置き換えて使っていました。「おもしろのはなざかり」には、「心楽しめるもの、風流なもの、おもしろいものを取り揃えてご提案したい」という想いが込められています。商売の基本となる符丁に、そのような言葉を選んだ初代與兵衛の心意気は、創業から現在まで続く今与の理念として受け継がれています。